恋毒(こどく)に侵されて



「ありがとうございます」

少し苦笑に近くとも、そう黒子が微笑んでくれるだけで黄瀬は満足だった。
それは、黄瀬が黒子が喜ぶことを見つけられた時にもらえる何よりも素晴らしいご褒美で、まるで鉱山から宝石を探すように黄瀬はやっきになっていた。
彼が好きだと言った作家の新作本が出ていないか毎月チェックしたり、一度おいしいと言ったお菓子はすぐにキープして差し出す。
喜ぶ黒子を見るだけで胸が一杯になって、その日どんなにキツイスケジュールをこなしていたとしても、疲れが吹き飛んだ。

黄瀬の行動を見るものは皆首を傾げる。なんでそこまでするんだ?と
問われても黄瀬には分からなかった。
本当に。どうしてこんなにも胸が苦しいのか疑問に思ったことは数あれど、答えが出たことなんてなかったのだ。
一体なぜ、こんなにも掻き立てられるのか。
その感情に一般的に何と名前がついているのかさえ知らずに、はじめのころ、黄瀬はただ幸せな只中にいた。
黒子を見ているだけで黄瀬は幸福で、喜んでもらえれば満足だったのだ。


けれどそうして黒子に引っ付けば引っ付くほど、黒子は嫌そうな顔をしたし実際に「気持ち悪いです」とばっさり切られた。
黒子が欲しがるものをプレゼントするも「黄瀬君にそんなことしてもらう理由がありません」と言って、受け取るのはお菓子類など、ささやかなものばかり。
そのお菓子さえ殆ど黒子は口をつけず、部員のメンバーで食べ散らかすという状態だ。
次第に黄瀬は胸が喜びばかりではなく苦しみさえも拾うのも感じていた。
黒子は黄瀬が与えるどんなものにもあまり嬉しそうな顔をしたことはなく、黄瀬ではない誰かと一緒にいる時の方が、ずっと嬉しそうだと気が付いた瞬間からだった。


黄瀬の目からみても、一番黒子と親しく見えるのは青峰だった。
コートの中で二人は最高のタッグであり、パートナーだと誰もが認める。悔しいが黄瀬には入り込む隙間なんてなかった。
そしてコートを出た後も桃井という女子マネージャーが差し出す水やタオルの方が黒子を喜ばせた。部内でも人気の高いマネージャーからのこうした特別扱いは、他の誰もが嫉妬するほど羨ましがられていた。
それに誰であれ可愛い女の子に優しくされた方が嬉しい。これは黄瀬も理解できた。黄瀬だって女の子に好かれるのに嫌な気はしない。だから、仕方がないのかもしれない。
クラスでも黄瀬と黒子は違うクラスで、黄瀬も大抵休み時間を一緒に過ごすのは自分に群がる女子ばかりだった。黄瀬が女の子に囲まれるのは息を吸うのが当然のことのように決まりきっていて、それを不思議に思ったことさえなかった。
けれどいつしかその「息」が、できなくなってくる。
沢山の人に囲まれていながら黄瀬は息苦しさを感じていた。
黒子と一緒にいるときの方が何倍も楽しいし、幸福だった。
まず世界の色が違うのだ。黒子と一緒にいれば毎日が変わらない日常も輝きを増し、全てが綺麗なものに見えた。
単なる水でさえ黒子に貰ったものはおいしくて、どんな店で買った飲み物よりも勝った。
一度それを味わってしまえば、そうでない世界は灰色に見えて、冷たいものにしか感じられない。
黄瀬はこれこそが孤独なのだと思った。


「ねえ、黒子っち。俺黒子っちを見ると胸が苦しいっス」

ある日黄瀬は打ち明けた。
黒子は物知りだ。黄瀬が知らない事を良く知っているのだ。
この苦しい気持ちが何なのか、黒子であれば知っているのではないかと思ったのだ。
しかし黄瀬の相談に、黒子は口をへの字に曲げて、顔をしかめた。

「そんな台詞は女の子に言ってください」

冷静な突っ込みだ。
黄瀬はなぜ、黒子がそう言ったのかは分からなかったものの、取りあえず黒子に言われた事だったので二つ返事に「うん分かったっス」と頷いて、次の日に近くにいた女の子に言ってみた。
たちまち効果は現れた。
なんと相手の女の子はひっくり返ったのだ。
周囲は騒然となり、黄瀬も大慌てで保健室に運んだ。

気絶した女の子を眺めながら、なるほどと黄瀬は納得する。
胸が苦しいという事実は、女の子に対して聞いてみた方が効果があるらしい。
やはり黒子は正しいと頷いて、ますます感心した。
そうしてますます黄瀬は女の子に囲まれて、黒子とは引き離されてしまった。


それでも黄瀬は、何が悪くてこうなっているのかは分からなかった。
なぜこの状況に胸が苦しくなるのかも。
黒子と一緒に居られないことは悲しかったが、なにしろ女の子に囲まれるのは自然なことだったのだ。
女の子に囲まれながら一生懸命黒子に挨拶すれば、黒子はひどく嫌そうな顔をして、避けていったので。
軋む胸のあまりの痛さにポロポロ涙を零しても、驚き慌てるのは周囲を囲む女の子だけで。
どんなに優しい女の子に慰められても、冷たい氷の塊に抱かれるようで心の中は冷え切ってしまった。


黄瀬にとって、黒子が喜ぶことが全てだった。
だから黒子が言う事なら何でも従った。
他の学校に進学するという話もショックだったが、黒子が言う事ならと涙を飲んだのだ。

(だけどさびしいっスよ)

中学生最後の日に、黄瀬は堪えられずに黒子の前で大泣きした。
別れたくない。黒子と一緒にいたいのだと、子供のように駄々をこねる。それに黒子は大変困った顔をして、「黄瀬くん」と腰を下ろした。
この時黄瀬は今日クリーニングに戻ってきた制服を着ていたが、土に汚れるのも構わず黒子にしがみ付いて、膝をついていた。
女の子の集団にボタンは全てむしりとられて肩にひっかけるだけになった黄瀬にひしと抱かれて、黒子は迷惑そうに溜息をつく。

「何も一生会えなくなるわけではないのに」
「でも、だって・・・」
「また会えますよ」
「本当っスか・・・?」
「ええ」

黒子がしっかりと頷いてくれたので、やっと黄瀬は安心できたのだ。
しかし黒子の言葉は続いていた。

「それにすぐに黄瀬くんはボクなんて忘れて、新しい環境に夢中になると思いますよ」


黒子のこの言葉は嘘だった。
黄瀬はいつまでも黒子を忘れることなんて出来なかったし、新しい学校に行けば、寂しさが増すばかりだった。
中学時代は少なくとも部活の時間にさえなれば黒子に会うことができたが、今は違う。
黒子を見ると妙な苦しみはあったが、いないのであれば黄瀬の世界はモノクロのように見えて、胸にはいつも大きな穴が開いて中につめたい風が通り過ぎていくような感覚があるのだ。
どちらの苦しみが良いかといわれれば、間違いなく前者だと黄瀬は答える。

その上、居ても経ってもいられずに黒子の新しい学校に行った黄瀬は衝撃を受けた。
新しい学校に馴染んだ黒子の姿。
黄瀬の頭の中ではいつまでも別れた時のまま変わらなかった黒子だが、実際には日々、黒子は黄瀬が知らない彼に変化し続けていた。
少しだけ髪が伸び、背が伸びた気がする。
そして黒子の隣には新しい相棒が出来ていた。
青峰にかわる新しい光だ。あれほど黄瀬が切望し、渇望した地位にまんまと入り込んだ男は、黄瀬から見て明らかに未発達だった。
黄瀬はまだ2年あまりしかバスケをしていないものの、その黄瀬でさえ「まだ発達できていない男」と感じたのだ。青峰とは比べるまでもない。

だが、何よりも黄瀬にとってショックだったのは

新しい学校では、まるで「こここそがボクの居場所です」というように安心しきった笑顔を浮かべる黒子の姿
すでに黒子の興味が新しい環境に移っていることをまざまざと見せ付けられるた。
「すぐに黄瀬くんはボクなんて忘れて、新しい環境に夢中になると思いますよ」というかつての言葉は、そのまま黒子を指していたのだった。
もはや黒子にとって、黄瀬は「中学時代同じ部活をしていた人」でしかなかった。
それが見せ付けられる思いだった。

今や黒子の前に伸びている道と、自分の前に伸びている道は全く違う方向に向かっていた。



「黒子っち、苦しいっスよ・・・」

二人の世界が違うようになった今更
女の子に言え。といわれた言葉を誰もいない場所で呟いた。
今になって思えば違った。
この言葉は女の子に言っても無駄なのだ。黒子に聞いてもらわなければ意味がない。
どの娘でも、この苦しみを取り除くことはできないのだから。


もう毎日顔を合わせることもできなくなった黒子を求めて、黄瀬は写真を取り出した。
黄瀬が持っている黒子の写真はたった1枚きり。
3年時全中で優勝した時に撮った記念写真。今も学校にはプロのカメラマンに頼んだものが額に入れて飾ってあるが、これは部員全員が映っている。黄瀬が持っているこれはその後でコートに出た3年だけ残って撮ったものだ。
その時でさえ、黄瀬は右の端に。黒子は左の端に。まるで赤の他人のように遠くに離れて並んでいた。
黒子の隣に立とうとした黄瀬は強引に引き離されて、こんな遠くにやられてしまったのである。

写真の中に確かに居る黒子を見て再び黄瀬は涙を零した。
一体何に自分が苦しんでいるのか、離れた今では薄々気が付いている。


「好き・・・っス」

相手は女の子ではないのに。と
しかしそう思えばすんなりと気持ちは理解できた。
胸の奥にあった気持ちを口に出せば涙は止まらなくなる。
ぼやけた視界の中で目に入った黒いものを手にとれば、黒い油性のマジックペンだった。
それで衝動的に、黄瀬は自分と黒子以外の全ての人の顔を塗りつぶした。

「みんなみんないなくなれば良いっス」

黒子と自分の間を裂くものは、みんな消えてしまえ。
一度漆黒に顔を塗りつぶしただけでは足りず、ペン先は何度も往復させられた。光で透かしてみたところで顔が映らなくなるまで、存在を消してからようやくマジックを置く。
これで切り取られた小さな世界には黒子と黄瀬だけになった。
流れ続ける涙をそのままに、自分と唯一その世界にいる人物をじっと眺めてから、口付けた。
冷たいだけのキスを送って

「そうっスよ・・・みんないなくなっちゃえば良い」

自然と黄瀬の口元には笑みが浮かぶ。
小さな忍び笑いは次第に肩を震わせ、最後には哄笑に変わり、広い室内全体に広がった。

「俺と黒子っちの間を邪魔する奴はみんな消しちゃえば良いっスよ!」

黒子の新しい学校にいるやつらは黒子の心を惑わせる悪い奴らだった。あいつらがいるせいで黒子は、黄瀬のもとにいつまでたっても来てくれないのだから。
キセキの連中は、もう遠くの学校に行ってしまったのだから構わない。

しかしあいつらは、駄目だ


さしあたってもっとも邪魔なのは、新しい黒子の相棒だという男だろう。
その他にももっと黒子の様子を見ていれば邪魔な奴はいくらでも出てくるに違いない。
彼ら全員を始末しなければならない。と黄瀬は強い使命感を感じた。

「そうしたら、黒子っちは俺のところに来てくれるっスよね」

黄瀬はその自分の考えに感動すると、すぐに計画を練る。
刃物が良いか、鈍器が良いか。殺した後は海にでも投げればいいのか。
考えている内にある殺害方法を思いついた。

「・・・・・・そうだ。毒が良いっス」

一人二人なら自分の手で倒してしまえばいいけれど、沢山になれば骨が折れる。
毒を入手しよう、と決めて黄瀬はようやく息を吐き出した。









「ふう。黒子っち聞いて。今日笠松先輩にひどい疑をかけられちゃったっスよ」

困ったように黄瀬は笑った。
黒子は答えない。ゆっくりとまばたきを繰り返して、車椅子に座っている。
その横顔はとても黄瀬の話を聞いているようには見えないが、黄瀬はかまわなかった。
白くすべすべした頬に一つ口付けを落として、満足気に溜息をつく。
かつて写真越しにしかできなかったキスとは比べ物にならない幸せな心地に、彼は自分の周りにあるありとあらゆるものに感謝せざるをえなかった。この腕の中に愛する人がいるという幸福だ。

「そんなわけないのにね。俺が黒子っちに毒を盛るなんて、間違っても有り得ないっスよ・・・」

万一黒子が失われてしまえば黄瀬は生きていけない。
もしも毒を盛る時があれば、それは一緒に死ぬ時だろう。黄瀬が何か重い病にかかって、黒子を残して死ななければならない時など・・・だ。
その時は残された黒子がさびしがるに違いないから、黄瀬はきっと黒子と一緒の毒を煽る。
しかし少なくとも今は有り得ない。


黄瀬の腕が黒子の肩に回りきゅうと抱きしめると、黒子の首はかくりと倒れた。
それがまるで黄瀬の言葉に同意しているように見え、黄瀬は嬉しそうに微笑んだ。

「黒子っち、大好きっスよ。誰よりも愛してるっス。いつまでも愛してる」

そう。自分の愛は永遠に黒子のものなのだと、安心させるように繰り返して。
彼の右手を取るとその甲にもキスをした。
その様子を誰か見ている者がいるのならお姫様にキスをする騎士を連想しただろう。軽く触れて離れたくちびるは、名残惜しげにすぼめられた後クスリと吐息をはく。

黄瀬の耳には黒子が恥ずかしがって悪態をつく声が聞こえたのだ。

『やめてください、恥ずかしい人ですね』
「・・・だってここは黒子っちの部屋っスよ。俺以外誰もいないから、良いじゃないスか」
『そう言う問題ではありません』

低く耳に心地言い黒子の声は、もう黄瀬の耳を振るわせることはないが問題ないのは、こうして黄瀬が黒子が考えていることが読み取れるからだった。
医者が言うには、黒子は完全に植物人間状態で、何も脳は動いていないというが、黄瀬には信じられなかった。

「黒子っちはちゃんとお話できるのにねえ」

本当に酷い話です。と黒子は答える。黄瀬は黒子を慰めるように頭を撫でると、でも俺が分かっているから大丈夫っスよと応じてあげた。










全てがひっくり返ったあの日
黄瀬が黒子と出会ったのは、全くの偶然だった。
本来なら部活のある土曜日にも黄瀬が休んだのは、モデルの仕事のためではない。頼んでおいた毒が届いたと聞いて、取りに行く予定だった。
けれど途中で黒子と鉢合わせして、かつ黒子が今日は部活がないと聞いたので急遽予定を変更して、家に戻ることにする。
久しぶりに遊びに来ないスか。と誘えば「そうですね」と頷かれて、黄瀬は天にも上る心地だった。
色あせていた世界がたちまち輝きを取り戻していた。
中学時代はこれが黄瀬の日常だったなんて信じられない。重苦しいばかりだった曇り空さえも、今では黄瀬に微笑みかけてくるようである。
黒子の手を引いて家に連れて行った黄瀬は、クッションを集めるとソファに放って、その中に彼を座らせた。
貰ったものの一口も口をつけなかったお菓子類を片端から開けてガラス張りの机に並べ、積んでいたバスケ雑誌も取り揃えた。

「黄瀬くん、何をそんなに慌てているんですか」
「べ、べつに何もないっスよ」

興奮している自分が不自然に見えないように取り繕うのに必死だった。
本当だったら今日毒を手に入れて、明日にでも使おうと思っていた。そうすれば黒子が手に入るのだから、喜ばないわけがない。
それが嬉しくて、しかもその前日にこうして黒子に会うことができたのだ。黄瀬が喜ぶのも無理はなかった。

(待っててね。もうすぐ邪魔な奴は始末するっス)

そう黒子に隠れてにんまりする黄瀬の手にはまだ毒はない。
あったのは催吐剤と呼ばれる。吐き気を起こさせるクスリだけだ。これは誤まって毒を飲んでしまった時のための解毒剤で、もし間違えて黒子が飲んでしまった時のために手に入れておいた。
毒と違って手に入れやすいため、先に入手したのだ。
持ち運びやすいように、と目に入ったのは昔使い切った小さな香水のボトルだ。中には黒子が途中まで飲んでいて、残りをくれたペットボトルの中身を一部移しておいたのだが、思い切って捨てて新しく入れなおした。
一見するとただの香水に見えるだろう。
黄瀬はその小瓶を大切にポケットの中に仕舞ってから黒子との久々の逢瀬を楽しんでいた。
いつもであれば砂を噛むような感触しかないお菓子も、黒子と一緒にいるだけで世界一の味に思えるのだから魔法みたいだった。


穏やかに談笑する二人の時間が崩れたのは、すぐの事だった。
突然黒子が苦しみだしてソファーの上に倒れる。
見る間に顔が青くなっていく黒子に度肝を抜かれた黄瀬は、それが毒によるものだと瞬時に見抜いた。
普段の彼であればすぐに毒に結びつけることなんてできなかったかもしれない。
しかし明日、誰かを毒で殺そうとしていた黄瀬は、それが毒だとしか思えなかったのだ。

「黒子っち!?」

そんな馬鹿な――と、黄瀬の顔からも血の気が引いて、全身がブルブルと震えた。
あわててポケットから催吐剤を取り出して、震える手で黒子の喉に流しいれる。
黒子はぐったりとしていたが、薬を飲んですぐに体を硬直させて、胃の中のものを吐き出し始めた。
透明な胃液しか出ないまで吐いたのを確認してから、すぐに救急車を呼んだ。

後で知ったのだが、出したお菓子の中には黄瀬が用意していた毒の何倍も厄介なものを、それも大量に溶かしこんでいたのだと言う。
あまり食べることをしない黒子はほんの1枚食べただけだったが、それでこの反応である。
もしも何枚も食べていれば確実に助からなかっただろうし、もしも黄瀬がすぐに吐かせることをしなかったとしても、駄目だっただろうと。
それを医者の口から聞いた時、黄瀬の体はびっしょりと汗を掻いて、しばらく立つこともままらなないほどだった。
あの時の一瞬の判断を、どれだけ感謝しただろう。
きっと黄瀬があの薬を手に入れたことは偶然などではなく、必然だったのだと。


無事な黒子の姿を見るまで、黄瀬は病人よりも死にそうな顔でわんわん泣いていたという。
その姿を知っているからこそ、黒子の両親も黄瀬に強く批難することができないのだ。
その後、真っ青な顔で警察の取調べを受け、「何か心当たりはありませんか」と尋ねられた。
黄瀬ははじめ思い当たるものなんてないと答えたのだが、ふとひっかかることを思い出した。
ファンからもらった手紙なんて、黄瀬はもう確認もせずに箱に放り投げていたのだが、高価な品物と共に送りつけられているものは話は別だ。
それもその相手は、黄瀬がまだ1枚1枚手紙の内容を確認していた時。つまり中学時代からマメに貴重品を送ってくる常連で、流石の黄瀬も無視することはしなかった。
と言っても一読してからは、他の手紙と同じルートを辿っていたのだが。そう。缶の箱の中だ。
毎度気持ちが悪いと思っていた手紙を差し出せば、警察はなにやら得心がいった顔になり、黄瀬に対して同情的な顔になった。それまでは黄瀬こそが犯人ではないかと疑っていたのが、完全に消え去ったようである。
そして黄瀬の知らないところで警察は色々調べたらしく、黒子に毒を盛った犯人は捕まった。

黄瀬は「俺の大切な黒子っちを殺そうとしたなんて、許せない」とはじめ、その犯人を殺してやろうかと思った。
本当にさまざまな奇跡があって黒子は一命をとりとめたものの、もう少しで死んでしまうところだったのだ。
いいやそれだけではない。
今や黒子は手足も動かず、あんなに好きだったバスケもできない。
黄瀬に笑いかけることもできなければ、お話することもできなくなったのだ。

しかし犯人を呪いながら、夢中で黒子のベッドにかじりついていた黄瀬は、しばらくして驚きの事実を発見した。


『黄瀬くん、どうして泣いてるんですか?』
「あ・・・あ、あ、黒子っち、黒子っちが目を覚ましたっスよ!」

黒子がついに目を覚ました。
大喜びで病室中を跳ね回った黄瀬を、近くにいた人は押さえる。両手両足をがっちりと固められて、いつもであれば気に障るところを、今はそんな事が気にならないくらい嬉しかった。

「黒子っち、大丈夫っスか?痛いところはない?」
『体がなんだかだるくて動かないんです』
「うん。でも大丈夫っスよ!俺が何でもしてあげるっス!欲しいものとか、ないっスか?」

黒子は無事だった。
歩くことはできないが、しゃべることができるし、案外平気そうである。

嬉々として話す黄瀬の後ろで、黒子の家族は涙が止まらない様子だった。
病室から少し離れた場所に立っていた火神は、妙に青ざめた顔で二人の様子を見ていた。

「おい黄瀬・・・」
「火神っち!黒子っちが」
「いや、黄瀬・・・もう良いから・・・」

振り返った黄瀬は一瞬、なんで皆悲しそうなんだろう。と不思議に思った。
折角目が覚めたというのに、なぜか黒子が目覚める前よりも悲壮な顔になる皆はおかしかった。
しかし今目の前にいる黒子の方が大切で、黄瀬はすぐにそんなことどうでも良くなった。
あとで、なぜか皆には黒子の声が聞こえないと知ったものの、やはりどうでも良かった。

もう黒子は黄瀬のものになったのだから。

黒子が無事に退院してから、黒子の家族に「黒子っちの世話はいっしょう俺がみるっス!」と頭を下げると、頷いてもらえたのだ。
今や黒子と黄瀬は家族公認の仲である。
以来黄瀬の中を吹き荒れていた冷たい風はなりをひそめ、黄瀬の毎日は薔薇色だった。
事件の犯人を恨む気持ちはまだあったが、無事に捕まったこともあり、下される判決に従ってもらおうと思うようになった。
もし黒子が無事でなければこうは思えなかっただろう。


そしてほとぼりが冷めたころに黄瀬は、頼んでいた毒をお店に取りに行った。
もう使う必要がなくなったものだが、いつまでも引き取りに行かないのではお店の迷惑になる。

「もしも俺か黒子っちが引き離される時がきたら飲むことにするっス」

そう微笑んだ黄瀬は、大切なものを入れる引き出しの奥深くに毒を仕舞った。
これで平穏な日々が戻ってきたのだった。



to be continued ...

by ヒトデ (10/01/15)

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