わかってほしいわけじゃない


規則的な呼吸をしながら眠りについている、黒子のしろい頬を細長い指がゆっくりと這う。
肌の感触を楽しむように、輪郭のかたちを覚えたいかのように、黄瀬は何度となく黒子の頬を撫でた。それでも愛しいひとが目を覚ますことはない。未だ深い眠りについている黒子の僅かにひらいた小さな口からは、赤い舌が覗いていた。
たまらず黄瀬が軽く口付けると、黒子はすこしだけ声を―――というより吐息を漏らした。ふふ、と黄瀬は小さく笑うと、眠りについている黒子から少しはなれ、ベッド脇に置いている小さなテーブルに置かれたコーヒーを手にとる。


この気持ちは、「恋」という言葉で片付けれるような簡単なものではなかった。
色々な感情が混ざり合い絡み合い、複雑なもので。
そしてそれは思春期の男子が抱くようなものではなかった。もっと深く黒く、淀んでいるもの。
最初は、と思い返しても、いつから自分の心がこの醜い独占欲で支配されるようになったのか、思い出せない。世間はきっと、こんな自分を嘲るだろう。奇怪な目で見るだろう。
黄瀬はそう思いながら、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。
(―――ああ、でも。)
べつにだれにもわかってもらえなくていい。
わかってほしいわけじゃない。
ただ、オレが望んでいるのは。
空になったこのカップのように、自分は最初から満たされていなくて。
(それをどうにかして満たそうとするのは、当然のことじゃないスか。)
黄瀬はまた小さくわらった。 ベッドに横たわる黒子はとても柔らかい寝顔をしていた。黄瀬はゆっくりと、黒子に手を伸ばす。
「くろこっち、ねえ早く起きて。早くくろこっちとお話ししたいっスよ…」
呟いた言葉は静かな部屋に吸い込まれ、


―――それから先のことは、黄瀬しか知らない。





****


by はねこ(10/04/08)

戻る