バイオリズムはとうに狂った | |||||
部活の帰り、オレは黒子っちと二人きりで歩いていた。 冬の同じ時間では完全に日は沈んでいるのに、夏場のこの時期は、いつまでも昼が続くようだった。 正午の時よりも日射しは落ち着いていているものの、眩しい太陽が黒子っちの肌をいっそう白く輝かせている。 オレは黒子っちの白い肌が日で火傷を負ってしまわないか気掛かりで、なるべく黒子っちに影を作るように歩くことにした。 「黄瀬君、寄り道しませんか」 黒子っちが珍しくそんな事を言いだした。彼の目線の先には公園の前に停まったワゴン車があった。かき氷と書いた白い布が風鈴と共に風にそよぐのに、二つ返事をして、道を逸れる。 今日は暑かったから、かき氷屋さんは昼間は大盛況だったに違いない。 店のおじさんにオレたちはレモン味を受け取って、公園のベンチに座った。 さっそく黒子っちはかき氷を食べ始めた。シャクシャクとストローのスプーンが氷を削っていく。 「美味しいっスね」 オレは言ったものの、かき氷の味は判別出来ていなかったりする。黒子っちと一緒に食べている。そのことで舞い上がるばかりで、食べる事に集中なんて出来なかったから。 黒子っちはよほど暑かったのか、一生懸命長いスプーンでかき氷を口に入れていた。 なんだかとっても可愛い。 でも、そんなにがっついてたら、頭がキーンってしないだろうか。と思った時、黒子っちの眉間に皺が寄った。 「大丈夫っスか」 「・・・ちょっと寒くなりました」 おそらく頭に響いたのだろう。一旦食べる手を止めて、黒子っちは汗を拭う。 オレも黒子っちの首に手を当てた。かき氷を持って冷えた手なので、黒子っちの肩がビクリと揺れた。 「冷たい・・・」 「気持ち良くない?」 「ちょっとびっくりしました」 黒子っちは目を丸くしていたけれど、オレが笑ってみせるとつられるように口元を緩める。 「ごめんね。じゃあ、触るっス」 予め言えば良いのだと解釈したオレは反対の手を、今度は頬に当てる。 黒子っちはちょっとくすぐったそうにしていたが、嬉しそうにオレの手を受け入れた。 再度手を代えて頬を触ると、徐々に黒子っちの頬に赤みがさしていく。 恥ずかしい、という気持ちが顔に出ていた。 「・・・黄瀬君もちゃんと食べて下さい」 「なんかあんまり暑くないから良いっスよ」 「せっかく買ったんですから・・・」 口を尖らせて文句を言いながら、それは表面上のことで、本当はもっと触って欲しいと黒子っちが思っていることくらい、オレは手に取るように分かる。 恥ずかしいと身を捩る姿が可愛くて、オレはますますのぼせ上がった。 恥ずかしいことなんて何もないのだと、ほっぺたにキスをする。だってこの世界にはオレと黒子っちしかいないのだから。 「黒子っち、大好きっス」 「はい。黄瀬くん。ボクたちずっと一緒にいましょうね」 思わず口からのぼってきた言葉に、黒子っちは目元を赤く染め上げて、微笑んだ。 オレは目を開けた。しばらく、見慣れた白い天井を見たまま動けなかった。やがて絶望が手足の先まで行き届いてから、ノロノロと時計を探した。目覚まし時計が鳴る10分前、という絶妙な時刻を見てもう一度悲しくなった。 これでは二度寝も出来そうにない。 仕方なく学校へ行く準備を始める。学校と言っても、今は部活をするためだけに行っているようなものだから、鞄に詰めるのは教科書やノートではない。 部活は好きだし、部活に行けば黒子っちに会える。いつもであればもっと張り切って出発できていたのに、ここのところ、ずっとこんな調子だ。 理由は分かりきっている。夢が幸福すぎるんだ。 夢の中の黒子っちはオレがどんな事をしても喜んでくれるし、オレにしか見せない表情で笑ってくれる。オレのことが好きだと、全身で教えてくれる。 夢だから当然なのかもしれないけれど、それで済ませる元気が無くなってきた。 オレは最近癖になりつつあるため息をついた。引き出しを開けると、透明な瓶がコロコロと転がり出てくる。 中身は睡眠薬だ。 早く黒子っちに会いたい。そう感じる心に反して、学校へ行こうとしないオレの体は、一体どちらの黒子っちに会いたいと思っているのだろうか。 何とか部活を終えて、帰る時間になり。 オレはいつまでも練習を続けている黒子っちに声をかけた。 汗でシャツが背中に張り付いているのが、すごくそそられる。でも黒子っちは「分かってます」と答えながら壁に向かってボールを投げ続けるのをやめなかった。 全く聞いていない。 黒子っちがバスケがどれだけ好きなのかは、オレも知っている。 でも黒子っちがもっと練習したい気持ちも分かるけど、今日も一日中練習をしている。やり過ぎたら逆に体に悪いのだと、緑間っちも言っていたのだ。まして、黒子っちは部活メンバーの中で一番体力がないのに。 オレはちょっと考えるとペットボトルを掴んだ。桃井っちのおかげでこんな時間になっても、クーラーボックスに入っていたボトルは冷えていた。 ボトルを持ったまま黒子っちの背後に忍び寄って、冷えた手で首に触ってみる。 黒子っちは壁から跳ね返ったボールを拾ったところだったが、甲高い声を上げてボールを落とした。 「・・・なに、するんですか!」 「もう帰ろうよ」 「・・・びっくりするので、止めてください」 「冷たくて気持ち良かったでしょ?」 夢の中だと感じられなかった、黒子っちの首の熱さにちょっと驚きながらオレは微笑む。 黒子っちは存外に大きな声を出してしまったことを恥ずかしがっているのか、普段の無表情が抜け落ちて赤くなっている。 恥じらうその姿が夢の中の黒子っちと重なって、オレは下半身に血が集まるのを感じた。 慌てて目を逸らす。 「ホラ。あの紫原っちももう帰る支度してるっス。黒子っちが一番遅れてるんスよ」 「もう分かりましたってば。・・・ありがとうございます」 黒子っちが小さく付け加えた、ありがとうの一言に、謀らずしも胸が高鳴った。 泣きたくなるほど嬉しかった。 好きだ。 黒子っちのことが、本当に好きだ。 どうしたら、黒子っちと両想いになれるだろう。 夢の中みたいになれるのだろう。 気がつけば、オレは何も考えずに、黒子っちに手を伸ばしている。 オレとは全く違う、きれいな薄い水色の髪が指の間を流れて行った。 「あの・・・」 ああ、キスしたい。この髪に、汗の浮いた額に。 そして、黒子っちが恥ずかしがりながら、幸せそうにはにかむ顔が好きだった。 他の連中にされれば嫌そうな顔をするのに、オレの手は自分から、頬を寄せてせがむ黒子っちは可愛かった。 だけどそんなものはもちろん幻想で。 頭を撫でれば、黒子っちから戸惑いの声が上がる。 本物の黒子っちはオレの顔を冷静な目で見上げていた。 些細なオレの行動で一喜一憂する黒子っちはいないことが分かって、オレの目の前が暗くなっていく。 どころか「それ、腹が立つので止めてください」と黒子っちは膨れて、オレの手をはね除けてしまった。 ・・・悲しくなんてない。 夢ではなく、本物の黒子っちの髪の毛を撫でることができた。悲しむなんて、あってはいけない。 オレは黒子っちの髪の感触を忘れないように、右手を結んだ。 笑顔をつくって促す。 「さ、帰ろう」 黒子っちはまだ少し面白くなさそうな顔をしながら、着いてきてくれた。 一度後ろを振り返ってその姿を確認したオレは、寂しいけれど嬉しい。複雑な心境をゆっくりとかみしめて進む。 そうしながらオレはいつの間にか、自分のくちびるに右手の指を押し当てていた。 指先がやけに冷たく感じた。 ある日、オレは夢の黒子っちに「海に行こう」って切り出すことにした。 合宿の帰りのバスで約束していたけれど、現実には青峰っちたちを誘う事が出来なくて、立ち消えようとしていた。 黒子っちは「他のみんなはどうするんですか?」と聞いてきたけれど、「2人で行こうよ。ねえ、良いでしょ」とねだったら、素直に頷いてくれた。 行きたい海はもう決まっている。知り合いに教えてもらったのは、電車で2時間も掛かる場所にある田舎の海だけど、砂浜は綺麗で人も少ない穴場だって話だ。 海の家さえないらしいから、先にお弁当やら飲み物を買いにショッピングモールに寄ることにして。そうしたらついでに水着を買うことも出来る。 黒子っちの水着を選ぶのも楽しかったし、黒子っちに水着を選んで貰うのも嬉しかった。幸せってこう言う事を言うんだろうな。なんて、何だか今日はしみじみと思った。 一緒に、濃厚なミルクの味のソフトクリームを食べながら海に向かう。こんな遠くまで来たのは初めてです。と漏らした黒子っちに、オレも遊びに行くのは初めてっスと応える。仕事でもっと遠くまで行ったことあったのが、少し残念だった。 電車の座席に置かれてある黒子っちの手を、握ろうかどうしようか迷って、結局手が出せなかった。どうせ夢なんだから、好きなようにすれば良かったのに。 そして念願の海は、予想していた何倍も綺麗だった。 真っ青な水が視界いっぱいに広がる光景に、黒子っちも息を飲んでいる。 太陽の光を浴びてキラキラと光っている水面は宝石箱のようだった。思わず白い砂浜に走って行くと、ビーチサンダルの上を超えていった波が砕けて足の指の間を洗っていった。 滑りを帯びた冷たい感覚に、うだるような暑さが吹き飛んだ気がした。 「黒子っちー!気持ちいいっスよ!!」 はしゃぐオレを黒子っちは呆れたような顔で見ている。 ちょっと恥ずかしくなって、黒子っちも強引に海に連れ込もうとしたけれど慌てたような黒子っちが「水着を着ましょう!」と逆にオレの手を引いてきた。 この恰好のまま海に飛び込もうとしたオレの心は簡単に見透かされたみたいだ。 もっとも、着替える場所もないから、物陰で水着に着替えるしかないんだけれど。 穴場だと聞いていただけに、人気はなかった。木陰で着替えながら、ちょっとムラムラしてきて黒子っちに悪戯したくなったオレは、息を殺して黒子っちに忍び寄る。 着替えている途中の黒子っちに、後ろから脅かそうと手を広げる。 だけどその前に、シャツを脱いで裸になった背中を見て、下半身に熱が直結した。 思わず、驚かすだけに伸ばした腕で黒子っちを後ろから抱きしめて、首筋に顔を埋める。 黒子っちは突然のことに空気が抜けるような悲鳴を上げた。 「黄瀬君・・・!?」 「ねえ、良いでしょ?オレ、そんな気分になっちゃったっス」 そういえば黒子っちとしたことが無かったかもしれない。 夢じゃなく、現実なら黒子っちを思って何度も自慰をしたけれど、夢の中では何となく、そんな雰囲気になったことはなかった。 二人でいることだけで満ち足りて、そんな事をする必要がこれまでなかったのかもしれない。 黒子っち。と万感の想いをこめて耳元でささやくと、腕の中の黒子っちがふるふると震える。 あの黒子っちが怖がっている・・・どんな時でも凛として、まっすぐ前を見つめている黒子っちが。 怖がることなんてないんだよ。安心してオレに身を任せて。そう言いたいのに、緊張してしまったのか喉が動かない。 でも、どうしてだろう。自分の中の熱が燃え上がるのを感じた。 脅える黒子っちが愛おしい。 「おか・・・しいですよ、きせ、くん・・・」 子供がむずがるような悲鳴をあげて、黒子っちはオレを押しのけようとするけれど、はっきり言って力が入っていない。 可愛いなあ。 うなじにキスをして、黒子っちの匂いを胸に吸い込んだ。 スルリとおなかの下に手を入れると、まだ柔らかい黒子っちを捕まえることができた。 黒子っちが「ひっ」と喉をひきつらせるのに興奮する。 そのまま手さぐりで先の方を擦りあげると、黒子っちが思いっきりオレの腕を振りほどこうと暴れ出した。 「や、です。なんで・・・!」 「恥ずかしがることないっスよ?それに、優しくするから」 オレのすることに、黒子っちが嫌がるなんて珍しい。 なんだか黒子っちの反応が新鮮で、思わず喉が鳴る。 大丈夫。とびきり優しくしてあげて。溶けてしまいそうなくらい、甘やかしてあげるから。耳の奥に流し込むと、黒子っちの体がかああっと火照っていく。 ずくずくにとろけた黒子っちはどんな目でオレを見てくれるんだろう。想像しただけで、オレの胸も潰れるような気がした。 「やっ・・やっぱり、おかし、です・・・黄瀬君。嫌!いやだ・・・!」 「お願いだから怖がらないで・・・?夢の中まで、黒子っちに嫌がられたら、オレもう耐えられないっス」 肩甲骨の上にキスをしながら。あ。なんかオレ泣きそう。 嬉しいのに、喉が詰まる。 駄目だなあ。黒子っちが安心して身を任せられるくらいになりたいのに。本物の黒子っちの時にはもっとうまくやらないと。・・・本物の黒子っちに、想いを告げられる時なんて、きっとないけれど。 黒子っち 黒子っち 黒子っち 本当の黒子っちにこんな事ができたらどんなに幸せだろう。 本物の黒子っちにキスがしたいよ。 キスをして、手を繋いで、甘えてもらって、 ねえ、黒子っち・・・ どうして、黒子っちはあんなに遠いんだろう 「きせ、くん・・・?」 動きを止めたオレに、不思議そうな声を出す黒子っち。きっと綺麗なおめめは丸くなっているんだろう。 どうしたの?と労わるような声に、ついに目から涙が止まらなくなった。 ああ、もういいや。と思った。 決心がついたんだ。 「くろこっち大好きだよ。うん。ずっとオレたちは一緒っス。ずっとずっといっしょにいよう?オレもう目を覚まさないから、ほんとうに一緒にいられるんスよ。次に目が覚めた時、睡眠薬を沢山飲むからね。そうしたら、ふかいふかあい眠りに落ちれて、もうずっとくろこっちといられるんだ。ごめんね。本当はずっと、その方法を知っていたんだけど、決心がつかなかったんス。黒子っちはずっと待っててくれたんスよね。これからはずうっと一緒にいようね」 黒子っちの指が、そっとオレの手の上にのった。 この手をもう失いたくない。 だから、ばいばい、黒子っち ようやく顔をみた黒子っちは、なんだか泣き出しそうな顔をしていた Fin. |
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