苦しみさえいとしいと感じるように





黄瀬の不思議な行動に気づいたのは青峰の方が先だった。
何だかんだ言って黄瀬と一緒に居る事が多い彼だからこそ、気が付けたのかもしれない。

「またかよ・・・」

自分の斜め上からボソリと告げられた、うんざりした溜息の意味が分からず、黒子は視線を上げる。

「どうかしましたか?」
「いや、また黄瀬のヤツお前と同じもの使ってるから」

指摘されて、黒子は怪訝な顔になった。
黄瀬は自分たち同様部活を終えて流した汗をタオルで拭っている。

意識してみた事がなかったが、改めて見ると彼が手に持っているタオルは黒子が持っているタオルと同じ色をしている。
確かに似ていた。

しかし、全く同じものかどうかは、手に取って見比べてみなければ分からない。
それに黒子のタオルはどこにでも売っている大量生産品でしかなく。例え全く同じタオルを使っているとしても、あり得ない話ではなかった。

第一、同じものを使っていたとしてそれが何だと言うのか?
青峰の発言に不思議そうな顔をする黒子に、青峰は眉をひそめながら教えた。

「タオルだけじゃねえんだ。シャーペンとか、ノートとか。あいつ全部テツと同じやつ選んでるんだぜ」


彼がこの事に気づいたのは偶然だった。つい先日筆記用具を家に忘れてしまった青峰は、誰かに借りようと相手を探していた。桃井でも、黒子でも、貸してくれるなら誰だって良かった。
ただその日は、獲物を探していた青峰の前に通りかかったのは黄瀬だった。

一日貸せ、と持ちかけると良いっスよ。と黄瀬は気軽に請け負い、ペンケースからシャーペンを一本取り出す。
その時ペンケースを覗き込んだ青峰は不思議な違和感を覚えた。
初めて見るはずなのに、どこかで見たような気がしたからだ。
しかしその時は、もうじき一限が始まる時間でもあり、違和感の正体に気づくこともなく笑顔で「サンキュー」とペンを受け取って、青峰は教室に戻ったのだ。

席について気がついた。消しゴムを借りてくるのを忘れていた。
時間が押しているがもう一度黄瀬の所に借りに行くか・・・と再び腰を上げた青峰の目に飛び込んできたのは今度は黒子で、青峰は「黒子でも良いか」とすぐに標的を変えた。

「テツ、消しゴム2個ねえか?」
「随分前に小さくなってしまったもので良ければありますよ」

黒子も筆記用具の底に沈んだ消しゴムを探し出して、青峰に渡してくれた。
その時に今度は黒子のペンケースを見ることになった青峰は、やけにその中身が黄瀬とかぶっていることに気がついたのだ。
シャーペン、ラインペン、定規。
黒子が持ち込んでいる筆記用具はさして多くなかったが、先ほど見た黄瀬のペンケースの中にそっくりだった。
黄瀬のペンケースを見た時に抱いた違和感はこれだったのだ。

(・・・結構被るもんだな)

この時の青峰は納得した。文房具屋で買える筆記用具の種類なんて限られている。
青峰も、自分が持っているラインペンと同じものを持っている友人を何人か知っていた。
だから何もおかしな話ではない。
そのはずだった。


しかし一度気にして見てみるとどうだろう。
黄瀬が何気なく持っているペットボトル。靴下。ランチマット。それら全てが、青峰が良く知る別の人物も所持していることに気がついた。
はたしてこれは偶然だろうか。もちろん、それらは全てどこにでも売っているありふれているものである。ありえない話ではないのだ。
それでも青峰の中に宿った、言いようのない不快感は消えなかった。
そして今また、青峰は彼が持ったタオルに注目したのだ。



黒子が使っているものと遠目から見てもそっくりな、白いタオルを使う黄瀬。
しかし黒子は、青峰に言われてもピンと来なかったらしい。

「好みが似ているんでしょうか」

友人が抱いた不快感に対してそんな感想しか持てなかった。
今まで黄瀬と好みが一致している事なんて記憶には無いのだが、もしも青峰が言う通りなのなら、そうなのだろう。
青峰も「・・・多分な」と曖昧な言い方をして、口を閉ざすしかなかった。
偶然。そうに決まっている。
青峰も頭を掻きながら、すぐに練習に戻って行った。


しかし、その日の朝練が終わって教室に戻ろうと、慌ただしく部員達が着替えている最中
少し片付けが長引いたために出遅れてしまった黒子は、自分もロッカー室へ行こうと踵を返した。
床にはぽつんと、自分のタオルだけが落ちていて、それを拾い上げた時に「あれ?」と思った。
なんだか、タオルが新しい気がしたのだ。
途中で汗を拭いたためそのタオルは自分の汗で汚れているはず。なのに、手に取った感触は洗いたてのタオルそのもの、のような気がした。
もしかすると今までもこんな事があったような気がしたのだが、今日はそれが妙に気になったのだ。

「・・・・・・」

微かな違和感の元を探ろうと広げて確認してみても、そのタオルが自分のものであることだけが分かった。
この色合い、メーカーのロゴ。全てが自分のものでしかない。
だがここで思い出したのは黄瀬が全く似たタオルを持って来ていたことだった。
もしかすると取り違えて持って行ってしまったのだろうか。


「だとしても、仕方がないですよね。あれ。でも、黄瀬君も途中で汗拭いてましたし・・・」

その考えもどうも違う気がする。
勿論、タオルが綺麗であることに不満はないのだが。
それとも気にしすぎなだけで、そこまでタオルは汚れていなかったのだろうか。
色々考えながらも、授業が始まる時間は迫っていた。
黒子は考えるのをやめて、一度広げたタオルを畳んでから、ロッカー室へ向かう。

扉を開けると、みんな殆ど着替えが終わっていた。
持ち前の影の薄さから誰も黒子が入ったことに気が付いていない。
スルスルと自分のロッカーの前に行った黒子は、少し離れたロッカーの前に黄瀬を見つけた。

「あ・・・」

いつもであれば気にも留めないだろう。
なのに、青峰に言われた事と、タオルの件とで何となく見てしまった。
黄瀬はとっくに服を着替え終わっていたが、暑いのだろうか。タオルで顔を拭っていた。

「あのタオル・・・」

黄瀬が持っているのは先程青峰と確かめた通り、黒子が持っているタオルと同じもの。
目をこらしてみても同じものにしか見えない。全くの新品ではなく、使い込まれた具合までそっくりだ。

しかし別物のはずだった。あくまで同じメーカーの、同じ商品が被ってしまっただけで。
同じものなわけがない。

けれどふいに黒子の胸に去来した不快感は、言葉にはしがたい。
もし黄瀬が、持って帰るタオルを間違えてしまったのだとすれば、今彼が使っているのは自分のタオルだということになる。
別に、誰が使ったから汚いだとか言う気持ちは無かったはずなのだが、多少なりとも黒子は気持ちが悪くなった。

(明日は別のタオルを持ってくることにしましょう)

誰かと取り間違えないように、今度からはなるべく被らないメーカーのものをみつけよう。
黒子はそう決心すると、この事は頭から忘れることにして着替えに専念した。












(ああ、愛しい黒子っち!)

授業が終わって休み時間になった今、黄瀬は自分の顔に押し当てたタオルに隠れて、口元がにやけるのを抑える事ができなかった。
目を閉じれば自分が誰よりも愛している人が目の前に居るような気がした。なぜなら、今自分が手にしているタオルには黒子の匂いが染みついているからだ。
これ一枚で今日の黄瀬の学校生活は薔薇色だった。

このタオルは今日の朝練の時に、黒子のものと交換したもの。
ちゃんと黒子が困らないように全く同じ綺麗なものを置いておいたので、黒子も不満はないはずだった。
黄瀬はそれを、休み時間のたびに自分の顔とくっつけては黒子を感じとっていた。


タオルだけではない。黄瀬は、黒子の持ち物で手軽なものは、かなりの頻度で取り換えることにしている。
シャープペンやサインペンなどの文具は勿論、街角で配られているポケットティッシュに至るまで、黄瀬は隙を見ては黒子のものと交換していた。
しばらく自分が使っていると、例え元は黒子のものであったとしても、なんだか自分ものののような気がしてくるのだ。
タオルがその筆頭だ。
だから時間が経てばまた黒子が持っているものと交換するのである。
このタオルも、今日一日使った後は家で洗濯して、また明日黒子のものと交換してくるつもりだ。そのために黄瀬の鞄には何種類もタオルが入っていた。

(こうしていたら、オレも黒子っちと一緒になれる)

尊敬している彼と黄瀬は、誰が見ても「似ていない」と認めるだろう。
モデルとして学校や世間で人気の黄瀬と、影が薄くバスケをしていなければ目立ったところなど何もない黒子。
二人は同じ人間でありながら全くかけ離れた存在だ。
しかし黄瀬は、黒子と一緒になりたかった。
いつも彼を感じていたい。
そうして黄瀬は、この方法を思い付いた。


黄瀬が何気なく手にしているこの筆記用具も。
授業中、黒子が手にしているものと同じものなのだ。そう思うと嬉しくて胸がはち切れそうだった。

(黒子っち、今日のご飯もコンビニで買ったパンなんスよね。いつも思うんスけど、もっと食べないと体が持たないっスよ)

黄瀬の鞄の中に入っているのは、学校に来る途中で買ったパンだ。それもまた、黒子が買ってきたものと同じものである。
黒子が登校するのを遠くから見守っている黄瀬にとってパンの種類を揃えることなんて造作もないことだ。
もっとも、黒子の量では黄瀬は満足できないので、黄瀬は同じパンを何個も買ったのだが。

黒子は今日もきっと、青峰と一緒に昼食をとるだろう。
自分は別の教室で女の子と一緒に食べることになる。
しかし、こうすることで離れていても黒子と黄瀬は繋がっているのだ。
黒子と別の生活を送ることは辛いが、それを知る黄瀬はだからニコニコしていられる。


黒子が持っているものは黄瀬にとって何でも魅力的に映った。
コッソリ窓から覗いた黒子の部屋の中はまさにパラダイスだった。当然、揃えることのできるものは何でも揃えた。
黄瀬の部屋は今、黒子の部屋そっくりに作られている。
家具もできるだけ似たものを購入したし、配置も全く同じ。
その中で眠って、朝を迎えて、黒子と同じ道順で学校に来て、黒子と同じ物を使う。

青峰なんてお呼びではないくらい、自分と黒子が繋がりあっていることが誇らしくて仕方がない。
誰であれこんなにも彼と近い者なんて存在するはずがない。

(ああ、黒子っち。黒子っち・・・)

誰よりも愛しい、オレの黒子っち。
こっそりと口に出して、自分の言葉に悦に入る。

黄瀬はタオルから顔を上げると、くるくるとペンを回して微笑んだ。
この関係は何が起こっても壊れることなんてない。
二人の絆は絶対なのだと。









黒子は黄瀬が何を思っているのか、何をしているのかなんて知るはずがない。
何も知らずにいつも通りの生活を送っていた。
しかし次の日は、取りあえず新しいタオルを用意した。これまで家で使われていなかった貰い物のタオルだった。

明日の準備を済ませ、明日も早いことだしと早めの就寝を取ろうとした時、青峰から連絡が入った。
なんてことない、最近気になったという意味のあまりない質問だった。
大した用事ではなかったが聞きたい事が済んでからも無駄話は続き、結局黒子は予定していた時間よりも30分遅く眠りについた。

翌朝、また何も起こらずに平和に登校した黒子は、ロッカー室前で黄瀬に捕まった。

「黒子っち、昨日誰と・・・」
「なんですか?」

黄瀬は妙に気持ちが沈んだ様子だった。黒子は首を傾げたが黄瀬は答えない。
やっぱり何でもないっス。と力なく笑った彼は、黒子が持ってきたタオルに目をつけた。

「ところでそれ、新しいタオルっスか」
「はい。ちょっと可愛らしすぎましたか?」

薄いレモン色をしたタオルには小さなハートが刺繍されていて、部活で使うには少し可愛いすぎるかもしれない。
しかし黄瀬は首を横に振る。

「ううん。良い色っスね」
「黄瀬君は黄色が好きなんですか?」
「そこまでじゃないんスけど。黒子っちは何色が好きなんスか?」

他愛のない会話をしながら、二人は早くしなければ部活に遅れると急ぎ用意を済ませる。
黒子は、着替えるのに気を取られていて黄瀬が自分を見ていることに気がつかなかった。
熱っぽい視線は、今日の事を考えて憂鬱そうにしている。
憂いている彼はタオルについて残念がっていた。
今日の黒子のタオルは同じものを持っていないので、取り換えることはできそうになかった。

(すぐにあのタオルは用意するにしても、今日は黒子っちのタオルなしか・・・)

こんな事なら、昨日のタオルを洗濯せずに持ってくればよかったと思うが、後の祭りだ。
昨日交換したタオルはとうに洗濯されて乾燥機にまで掛けられている。


(それにしても昨日黒子っちは誰と38分も話をしていたんスか?また青峰・・・?)

そしてタオル以上に黄瀬が気になっているのは、昨晩の黒子の家に掛って来た電話だった。
黒子の家の庭から黒子の生活を覗き見ている黄瀬は、だいたいの黒子の行動は見る事が出来ても、電話の内容は聞き取れない。
黒子が声が大きな方ではないことも要因だ。
黄瀬は、黒子の電話の相手が気になって仕方がなかった。

(あんなに楽しそうに話していた相手は誰なんスか・・・!?)

聞きたくとも、黒子に聞く事ができない。
黒子は黄瀬に生活が見られているとは知らないのだ。きっと驚くだろうから、こっそりと覗いているので。

しかし、知りたい。
部屋を覗き見るだけでは限界だった。
声が聞きたい。
黄瀬は盗聴器を仕込むことを決意する。

それに黒子がいつも持ち歩いているものに仕込むことができたなら、離れていてもいつでも黒子の声が黄瀬の耳に入ることになる。
これでもっと黒子と一緒にいられると思うと、その日の黄瀬の気分も上昇した。



(おっと、黒子っちの携帯をチェックしておかないと・・・)

黒子が部活に出て行って、部員で混雑する中、黄瀬はこっそりと黒子の鞄から携帯電話を失敬した。
着信履歴を見ると、やはり青峰だった。
見知らぬ誰かに言い寄られているわけではないと分かり安堵すると同時に、ムッともする。

(いつもいつも青峰っちばっかり)

面白くない。
しかしとにかく今は携帯のチェックが先だ。早くしなければ部活が始まってしまう。

黄瀬は他人の携帯のはずなのに慣れた手つきで黒子の元に来たメール、着信履歴、リダイヤルの記録を調べる。
昨日も何も変わりは無かった。
黄瀬はますます機嫌よく、携帯を閉じると、もとあった場所に戻す。

丁度、遅れてやってきた青峰がロッカー室に入って来た。

「青峰っち、おはようっス!」
「ああ」

青峰の姿が見えただけで飛びあがって喜ぶ黄瀬を、他の部員達は「本当に青峰が好きなんだな」と眺めている。
きっと青峰もどちらかと言うと好かれていると思っているだろう。

(うん。そう。オレは青峰のことが好き)


なぜなら、黒子は青峰が好きだから。
だから黄瀬も青峰のことが好きになるのだ。二人はどこまでも一緒だ。

(黒子っちのものは全部オレのもの。喜びも悲しみも、全部)


誰よりも愛しい黒子と一緒にいられるのなら、黄瀬はどんな手段も厭わない。
そして誰が何と言っても、何が起ころうとも、黄瀬と黒子の繋がりは解けることはない。

(愛しい黒子っち。誰よりも)

愛を囁くことなんて馬鹿らしい。こうして繋がりあう事で、言葉なんて必要なんてないのだ。
笑いながら黄瀬は、「早く準備済ませて!ストレッチ一緒にしよう!」と青峰を急かしたのだった。



by ヒトデ (10/11/29)

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